百済の2番目の首都である熊津を守っていた公山城は、百済時代から朝鮮時代まで重要な歴史的価値を持つ山城です。
百済の2番目の首都である熊津を守っていた公山城は、百済時代から朝鮮時代まで重要な歴史的価値を持つ山城です。 高句麗の侵略により漢江流域を奪われた百済が熊津に遷都し、新たな出発を誓った悲しい歴史を抱えており、武寧王の強力な王権強化への努力の背景にもなりました。 東西約800m、南北400mの長方形の形をなす城郭に沿って歩くと、鎮南楼、拱北楼などの門楼や臨流閣、蓮池、推定王宮址など様々な遺跡に出会うことができます。
特に西門である錦西楼に登ると公州市内と武寧王陵が一目で見渡せ、東門付近では百済時代の土城の痕跡を垣間見ることができ、千年の歴史を生き生きと感じることができます。
ストーリー11本・約12分
約550m
約600m
約650m
距離は直線距離です。