順天倭城は壬辰倭乱と丁酉再乱の当時、日本軍が南海岸に築いた倭城の一つで、倭将の小西行長が全羅道攻略の拠点および退却路とするために築城しました。
順天倭城は壬辰倭乱と丁酉再乱の当時、日本軍が南海岸に築いた倭城の一つで、倭将の小西行長が全羅道攻略の拠点および退却路とするために築城しました。 もともと海水が入り込んでいた堀に橋を架け、夜にはその橋を外したことから倭橋城とも呼ばれていました。 ここは壬辰倭乱の最後の激戦地である倭橋城戦闘が繰り広げられた歴史的な現場であり、李舜臣将軍が小西行長を露梁沖に誘い出して大勝を収めた由緒ある場所です。
現在、内城の城郭の基壇や天守閣跡などが残っており、当時の激しかった歴史を生々しく感じることができ、日本式の城郭建築の特徴を垣間見ることができます。 天守閣の基壇に上がると周辺の風景が一望でき、痛ましい歴史を振り返る重要な場所です。
ストーリー7本・約8分
約6.1km
約6.6km
約6.8km
距離は直線距離です。